懐かしいジャズクラブ blue moon/サックスレッスン

2020/09/20
ロゴ

懐かしい、横浜江田ブルームーン。この店に16年間、ほぼ毎週通いました。

マスターの雨宮氏は、鬼籍に入ってしまったけど、美人の沖縄出身のママとの軽妙なやり取り、そして、いつも若手の登竜門的な場所。

いろいろなミュージシャンと知り合いました。20年近く、お願いしているベーシスト菅原正宣マーちゃんと知り合ったのもこの店。

このお店でしか会えない仲間も多く、名前は思い出せなくても顔を見るとああという人も多かった。

何しろ、荏田の家から歩いて10分くらいの場所だった。荏田に10年、市が尾に9年くらい住んでいた。

引っ越ししても一駅だったので。ライブもやったし、発表会も、生徒数人を引き連れてセッションをして、電車が無くなり、家に数人が泊まっていったことも。

この頃は、バイクで横浜まで通ってレッスンなどしていた。渋谷は、電車か、軽自動車で。

東京横浜を忙しく行き来して出来たのがオリジナル曲サンバ東京横浜だ。

軽自動車といえば、真っ赤な三菱の軽に乗っていて、ドアを破損したので、近所の自動車解体工場から、同型の車のドアだけ、¥5,000で購入して、自分で取り付けて平気で走っていた。ドアの取り付けは結構難しかった。

父の工作や自動車整備を見て育った二人の息子は、電気工事技師と、コンピュータプログラマーになった。

二人ともしっかり稼いでいるのは頼もしい。

赤い車で、日の丸のステッカーに片側のドアだけ白い楽しい車だった。

自作のカーオーディオは、後ろのハッチバックに取り付けたスピーカーは、ハッチを開けると、外向きになり、トンネルでのフルートの稽古の、伴奏を大音量で再生できる秘密兵器。

マスターの雨宮氏に、KOSE さんの車は、目立つからどこにいても解ると笑われた。楽しい思い出は多い。

日曜日は、レッスンが、6人とか8人とかの日があり、市が尾で電車に乗って、急行に乗る青葉台までの5分間で、東急で買ったお弁当で腹ごしらえをするのだが、ある日に限って、店員がお箸を入れ忘れて、食べられなかった。トホホ。

思い出すと楽しいことばかりだ。