偉大な先輩は語る

2020/05/08

大田区の植物相

自宅から池上線に沿って少し歩くと、久が原の住宅街に入る。

碁盤の目の様な区画に、閑静な住宅が並ぶ。

あまり古い家は見当たらず、近代的な街並みで、誰も気に留めず通り過ぎるだろう。

日本は近年特に、災害の多い国。地震に強く、雨風、暑さ寒さを守ってくれる住居は人間にとって大事なものだ。

10代の頃、建築設計士になろうかと考えたことがあった。建築の設計は、力学計算などの技術的な側面と、形をデザインする芸術家的な側面がある事に憧れた。

パリなどに行くと建物の高さから、色彩までが決められていて、都市の設計に、芸術家や設計士が参加しているという。街全体の調和の取れた美しさに感動する。

日本の都市は、まず駅前に、サラ金やパチンコ店が、真っ先に並んでいるのは品がなく、恥ずかしい。

徐々にそういう施設は、郊外に移ってもらい、芸術的な街に持っていきたいものだ。

閑静な住宅街を歩くと、鉢植えの花を沢山植えている家や、樹齢数十年、数百年と思われる巨木を見つけることが出来る。

最近の個人的ニュースは、この古い樹木群は、僕らの友達だったという事を再発見した事だ。

僕はこの自分として生まれて、たかだか60年少し、見るからに100年以上は生きている大木と出会うと、思わず畏敬の念が湧き上がる。

巨木に触れながら、抱きしめながら、語りかける。

今日は、先輩、

長い事生き抜いて、どんな事がありましたか?良かったら教えて下さい。

日本が戦争をして、爆撃されて、焼け野原だった時も、その木は生きていただろう。触れている手から、長い歴史が僕の体に流れ込む。

晴れた日も、雨の日も、台風の日も、焼夷弾が降る日も、子供達が周りで遊ぶ日も、その子供達が親になり、さらにその子供達が木の周りで遊ぶのも物言わず、優しい目で、見て来たのだろう。目は無く節穴しかないのかも知れないが。

住宅街にある草木、花々の形や種類も、限りはなく、この、無限のバリエーションのデザインをした存在を知りたい。

紫色の草は、葉緑素は有るのか?どんな芸術家も叶わないその発想の豊富さは人間には太刀打ちできない。

歴史上の作曲家も色々なバリエーションの曲があり、現代のポピュラー音楽のリズムパターンも色々あり、最近はコンピューターでリズムを合成できる。

でもいつも、芸術家は自然から学ぶのだ。

遺伝子のゲノムの解析が進み、事前に遺伝病を取り除くデザインベイビーも原理的には可能になっているという。

やり方はこうだ。父母から受け継いだ受精卵の核を取り出し、他の卵子提供者の核を取り除いた卵子に、核を植え付けるというもの。

生まれた赤ちゃんは実は一人の父と二人の母が居ることになる。だが倫理的な問題は残っている。

量子コンピューターの時代になり、ツールは発達し、芸術家の想像力、創造力は、創造主がライバル、ますます試される事になるだろう。

楽しみな時代に生まれてきたのはラッキー、いや、告白すると、狙って生まれてきたのだ。

現存する日本人は実は皆狙って、このパーティに参加している。

だから今日を楽しみましょう!