兵庫健宝塚市逆瀬川のジャズクラブ、バックステージのオーナー松岡一平様が旅立たれました。
謹んで、心からお悔やみ申し上げます。残された家族の皆様の悲しみはいかばかりとお察しいたします。
ちょうど知り合って1年の間でしたが、大いなる尊敬を持って、とても歓待して頂きました。
生徒の松尾さんのご紹介でお会いすると、僕の30年くらい前の活動をよくご存じで、
当時日本の音楽界でトップを走っていた、サックス奏者である菊地康正さんを自分の店に迎えることが出来るなんてと、大変喜んで頂き、1年間の間に定期的に4回、出演することが出来ました。
プレゼントして頂いた地酒もとても美味でした。
オーナーと同じく逆瀬川のお客様は特別で、僕が心を込めて演奏していると、演奏を心から音楽を楽しんでいる方ばかり、
中には、演奏を聴いて涙ぐむ方もいて、演奏しているこちらもとても励まされ、勇気を頂いた特別なお客様です。
またこの4回の出演の間、メンバーのブックは一平オーナーに任せきりでしたので、いろいろな地元の音楽家との出会いがありました。
僕と共演した皆さんは、善し悪しは別にしても、関西圏には居ないタイプのサックス、フルート奏者との共演にヒントや刺激になっていたら嬉しいことです。
ウェッブの僕へのご紹介でも、僕のことを位の高い牧師や、枢機卿に例えるなどキリスト教徒だったのが、あとで納得です。
彼はルーテル派ですが、ぼくも幼い頃、母が昔カトリック教会に出入りしていたことがあり、洗礼名は、ミカエル(マイケル)でした。
先月も怒濤の関西4日間ライブで、出演したばかり、共演したドラムの阪井君や松尾さんとともに、急すぎる旅立ちに、驚きというか、実感が湧かなくて正直、まだ信じられません。
師匠松本英彦、名ピアニストだった世良謙さん、ドラムの職人、ジミー竹内さん、友人のサックス奏者だった土谷和夫君など、先にあの世に転居した人が少しづつ増えつつあり、残された僕としては、いつでも、彼らに聞かれている、いや、いつでも聞いて欲しいという気持ちで、ますます、彼らに恥ずかしい演奏は出来なくなってきます。
先だった師匠、先輩、友人、後輩に、どうだい、俺はまたステップアップして、人を感動させる深い演奏をしてるんだぜと、胸が張れるよう精進してゆくしか道はありません。
一平さん、貴方は、多くの先輩友人とともに、僕の心の中に生きています。
あの楽しい関西風漫談書き込みが懐かしい。可能なら漫談を生で聞きたかった。音楽や人生について語り合いたかった。
まだ引っ越ししたばかりで落ち着かないでしょうからしばらくして落ち着いたら、僕が時々死者を招いて開催する音楽会議、たいていは夢の中が会場ですが、そこで存分に語り合うことにしましょう。
どうぞこれからも天から見守っていてくださいね?