★最近のインプット1

2018/11/10

創造するとは、今までの素材の新しい組み合わせである事が多い。江戸時代の浮世絵が、西洋絵画に非常に影響を与えたのもそうで、音楽家に限らず、芸術家は、色々なものにアンテナを立てていたい。

最近、これは!と思ったものを皆さんの参考のご紹介したい。

●映画、素晴らしき哉、人生!フランク・キャプラ、ウィリアム・ワイラー、ジョージ・スティーブンスの3人が協力して設立したリバティ・ピクチャーズの第1号作品。アメリカ映画協会(AFI)が選ぶ「感動の映画ベスト100」では1位に、同協会の「アメリカ映画ベスト100」では11位にランクインしている。

人生が上手くいかない主人公は、自分は生まれてこなければ良かったと自殺まで考えるが、守護天使に、自分が居なかった世界を見せられて、考え直す。

量子力学の考え方が一般的になりつつある。(あるのか??)パラレルワールドと言って、自分がAという選択をした場合とBと言う選択をした場合で、違う世界に分裂し、どちらの世界も存在するという考え方。

観測問題と言って、電子は、観測すると粒子として振る舞い、観測していないと波動として振る舞う。この世界は観測しようとすると、一瞬で今の形に収束し、見ていないと無限のエネルギーの渦のようなものであるという事が解ってきた。

シュレーディンガーの猫という有名な思考実験では、死んだ猫と生きている猫は折り重なって同時に存在している。

もし、ある日目覚めて、学校でも職場でも、家庭でも、会う人ごとに、あんた誰?と言われて、誰一人自分を知らなかったら絶望的になってしまうだろう。いままで貧しい人たちのために働いた主人公が皆の善意でピンチを乗り越える所は感動する。こんな良い映画を今まで知らなかったことが悔やまれる。

●映画、風とともに去りぬ。(かぜとともにさりぬ、英語: Gone With the Wind)は、マーガレット・ミッチェルの長編時代小説。題名は南北戦争という「風」と共に、当時絶頂にあったアメリカ南部白人たちの貴族文化社会が消え「去った」事を意味する。

1939年に製作されたアメリカ映画。カラー製作、スタンダードサイズ。監督はヴィクター・フレミング。主演はヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブル。日本での初公開は戦後の1952年。

南北戦争下のジョージア州アトランタ市を背景に、アイルランド系移民の父と、アメリカ南部のフランス系名家出身の母を持つ気性の激しい南部の女、スカーレット・オハラの半生を、彼女を取り巻く人々ともども、壮大に描いた作品である。十年近い歳月を費やして執筆され、1936年6月30日に出版、翌年ピューリッツァー賞を受賞した。

1939年に公開された映画『風と共に去りぬ』は、当時としては画期的な長編テクニカラー映画であったことも手伝って、世界的なヒット作となり、アカデミー賞の9部門を受賞した。

この映画は過去に何回も見ているが、スカーレットの性格がやはり非常に興味を引かれる。彼女自身は気が強く、機敏で計算高く、貪欲なエゴイストで、極めて自己中心的な精神を持つが、決して困難には屈しないプライドと意志の強さも持っている。

更に南北戦争の敗戦後財産を全て失い波乱の人生を送る事となる。算数に強く、男性の心を掴む技術にも長けており、商才がある。実家の農園タラを心から愛している。

映画の主演女優を決めるエピソードが面白い。

デヴィッド・O・セルズニックは映画化権を獲得した1936年7月以降すぐにスカーレットを演じる女優探しを始めた。以後2年4ヶ月の間に面接した候補者は1,400人で、スクリーンテストを受けた者は90人。その中にはポーレット・ゴダード、ベティ・デイヴィス、キャサリン・ヘプバーン、マーガレット・サラヴァン、・・・。

938年12月に主演女優未定のまま撮影に入り、その時にたまたまセルズニックの兄がロケ地に見学として連れてきた英国の舞台女優ヴィヴィアン・リーがアトランタ炎上の撮影場面を見つめている姿を見て「スカーレット・オハラがここにいる」とセルズニックが叫び、すぐにカメラテストを受けて1回で即主演女優に決まった。

しかし、撮影途中でヴィヴィアン・リーは脚本を読んで行くうちに「こんなメス犬のような役は自分にはできない」といってスカーレット役を一旦降板するにいたった。しかしセルズニックの入念な説得により、ヴィヴィアンはもう一度スカーレット役を・・・。

頭が良く、強く、相手が結婚していても全てを捨てて逃げましょうと訴える、自己中心的なスカーレットは、最愛の夫に捨てられても、ああどうしたら良いかは明日考えましょう。と映画は終わるのだが、この美しいが内面は爬虫類のような女をてなづける男は居るのだろうか?