★目黒の母

2018/09/08

目黒駅徒歩2分の便利で広い部屋に11年間お世話になった。11年前は、目黒駅前にあった音の箱(ねのはこ)という、ジャズ、シャンソンのライブに隔月で出演していた。隔月で続けたライブは、確か2年目で、50名満席を達成したのを思い出す。教室の発表会も何度もそこで開催したものだ。

11年前、引っ越したビルのオーナー夫妻も、目黒音の箱のライブに来てくれた。僕が住んでいたビルは、オーナーから聞くとクラリネット奏者の北村英治さんや、某ジャズ評論家の住んでいた、ジャズ関係者に縁の深いビルである。

引越しが完了したが、住んでいた部屋のメンテナンスのために、部屋に一泊した。メンテナンスとは、釘やネジなどを全て抜いて、パテで補修したり、フロアシートを貼り付けた時の粘着テープを清掃して元に戻したりする作業のことである。荷物を運び去ってみると、なんと広い部屋に暮らしていたものだと驚く。ものを積み上げて狭くして暮らしていたのだ。

日本の昔の家は、広い畳敷きの部屋が、布団を引くと寝室になり、お膳を並べると宴会場になり、普段は広く床の間がある美学的空間だった。

全て完了すると、大家さんの奥様にご挨拶だ。噂には聞いていたが、オーナー社長は4年前に他界していた。奥様の方は、良くお会いするたびにご挨拶したり四方山話をしていたものだ。亡くなったご主人は、心臓が弱かったのに元気で釣り好きでドクターストップが掛かっても好きな釣りに通っていたとのこと。亡くなるまで人生を謳歌していた方だ。入居時に、色々親切にしていただいたのを懐かしく、思い出す。

(11年前の)菊地さんのライブにお伺いしたのが、つい昨日のことのようですね?目黒にお立ち寄りの際にはどうぞお顔を見せてくださいな。これからもどうぞご活躍ください。

と、奥様の心温まる言葉を胸に、目黒を後にした。

結婚式や、卒業式は、キチンと以前の世界とお別れし、けじめをつけることに意味がある。

さあ、新たに希望を持って前進だ。