至福の悟りの体験

2018/05/19
菊地康正

今回の訪韓を経て、学んだこと、不思議に思ったことがある。国によって、どうしてここまで音楽の嗜好性が違うのかと言うことだ。

ルーツミュージックと言うことで考えてみた。日本には、江戸時代まで邦楽しかなかった。

古代から江戸時代までは、雅楽、歌舞伎の音楽、平家物語の琵琶法師、仏教の声明、浄瑠璃、長唄、小唄端唄、などが存在した。

調べていくと、幕末のペリー来航と同時にミンストレルショウが入って来たことが解っている。これは、顔を黒く塗り、黒人に仮装して歌うエンターテインメントで、そのときの歌が、アルプス一万尺などに翻案されているという。

世界には色々な音楽がある。西洋音楽やジャズは右脳で、言語は左脳で処理されるという。

基礎知識として、左脳は、言語、計算、常識、過去未来を考え、右脳は、音楽、空間認識、現在、いまここを感じるなど役割分担して居るのだそうだ。女性はその二つの脳をつなぐ脳梁が太く、常に連携して働くので、マルチタスクは得意、掃除しながらテレビを見つつ友達と電話などお茶の子さいさいだが、男は同時に一つのことしかできない傾向が強いとか。

日本人の場合、ジャズ、クラシックは右脳で処理されるのに、演歌は左脳に入って言語として処理されるので、普段左脳偏重の日本人は疲れるのではないか?(仮説です)

世の中の音楽は、声楽(歌)が基本で、器楽は、その伴奏であり、1桁か2桁経済規模や作品数、やっている人口も少ないのでは?それは声楽には言語があるから、歌を聴く人は歌詞を聴き、おまけとして音楽を聴いているのでは?(左脳で聞く)

右脳の音楽脳が発達または素質として音楽脳の能力の豊かな人はクラシック、ジャズ、器楽、オペラなどに向かうのではないか?(仮説です)

クラシック最高の人にとって、ヘビーメタルなどはノイズにしか聞こえないだろうし、ポップスしか知らない人はジャズが全部同じに聞こえたりする。ただし、どの音楽の一流を聞けば素晴らしいものがあるのが解るだろう。個人的にはヴァンヘイレンやレッドツェペリンなどは大好きだ。

脳科学者ジル・ボルト・テイラーの自らの脳梗塞で、左脳が働かなくなったときに、至福の悟りの体験をした記録が感動的だ。右脳だけの人になると、世間一般のことは一切出来ない赤ん坊レベルになるのだが、自他の区別はなくなり宇宙と一体化し今時のスピリチュアリストの言っている世界がそこにある。